千葉セクション問題

「チバニアン」GSSP提案申請書に用いられた論文に関する研究不正の疑いについて

千葉セクション問題



4.試料採取場所の改ざん、および予備調査後の「不正を疑う証拠の隠滅行為」の疑いについて

【ポイント】
・2019年論文「Simon et al.(2019)」は、ベリリウム同位体比の調査結果から古地磁気強度の変遷について述べている
・2017年論文時に採取した古地磁気試料を用いてベリリウム同位体を測定しているが、一部試料の採取場所が異なる
・採取場所が異なる事により、古地磁気逆転境界を挟む『2つの火山灰層に渡る連続した試料採取』が行われた様に見える
・『2つの火山灰層に渡る連続した試料採取』は、GSSP1次審査で指摘された課題であり、2次審査で答える必要があった
・2019年論文はGSSP3次審査の直前に公表されたため、GSSP審査にも影響を及ぼしたと考えられる
・改ざんの疑いがあるため、本協議会が研究機関に告発を行うと、不正を疑う箇所が書き換えられた(証拠隠滅の疑い)

 2018年11月にGSSP2次審査が終了した後、千葉複合セクションにおいて古地磁気強度の指標となるベリリウム同位体(10Be)の調査が行われ、結果がSimon et al.(2019)で公開されました。
 Simon et al.(2019)では、新たに養老-田淵セクション(養老川に繋がる枝沢)上部の古地磁気・ベリリウム同位体の調査が行われたほか、Okada et al.(2017)の古地磁気測定試料を用いてベリリウム同位体測定が実施されました。
 しかし、一部の試料採取場所が本来の場所とは異なっており、改ざん行為が疑われます。
 さらに、本協議会が不正の疑いを告発し、研究機関から「本調査は実施しない」旨の回答を頂いた矢先、突如公開されているデータ表(外部リンク)が書き換えられました()。書き換えられたのは、本協議会が不正の疑いを指摘した範囲になります。

4-1.Simon et al.(2019)論文に関する齟齬の内容

 Simon et al.(2019) Fig.2では、ベリリウム同位体(10Be)を調査した範囲が柱状図の脇に示されております。アブストラクト(論文要旨)によれば、「ベリリウム同位体と古地磁気を同じサンプルで測定した」と書かれており、Simon et al.(2019) データ表を見ると、Okada et al.(2017)で測定された古地磁気試料が用いられている事が分かりました。
 しかし、両論文の試料採取場所を比較すると下図の様な齟齬が見られます。

 上図だけを見れば作図の間違いである可能性もありましたが、2020年10月16日以前に確認したSimon et al.(2019)データ表に記載された試料採取場所も、上図Fig.2と同様の齟齬がありました。下表は、その内容です。

 Simon et al.(2019) Fig.2に記載された試料採取場所と公開データ表のいずれも、Okada et al.(2017)に記載された試料採取場所とは異なる事が判明しました。

 さらに、Simon et al.(2019)以前に発表された論文(例えばSuganuma et al.(2015)やOkada et al.(2017)など)のデータ表は学術誌のホームページ上に補足資料として掲載されておりますが、不思議なことにSimon et al.(2019)では学術誌ではなく、ResearchGate(外部リンク)という研究者のためのソーシャル・ネットワーク・サービスで公開されております。
 このサービスの特徴として、研究者が自由に自身の論文やデータをアップロードできるという点がある一方で、データを自由に削除出来てしまうという点もあります。

 この様な特徴を踏まえ、過去の論文とは異なるデータ表の公開手法を不審に思い、本協議会では定期的にResearchGateにアップロードされているデータをチェックしておりました。そして、GSSP『チバニアン』が決定し、本協議会が研究不正の告発を行った矢先、データ表が書き換えられるという事態が発生しました。(詳細な経緯につきましては、本協議会が2020年末にアップロードした記事(こちら)をご参照下さい)
 また、これら一連の論文の齟齬につきまして、2020年4月に筆頭著者のQuentin Simon氏と所属機関に質問のメールを送付しましたが、返信は頂けておりません。(送付したメールはこちらをご参照下さい)

4-2.研究不正(改ざん)の疑い

 これまでに述べました通り、Simon et al.(2019) Fig.2柱状図に記載された試料採取場所とデータ表のいずれにおいても、引用元のOkada et al.(2017)の試料採取場所との間に齟齬があり、研究不正(試料採取場所の改ざん行為)が疑われます。加えて、不正の告発後にデータ表を書き換えた事実につきましては、不正を疑う証拠の隠蔽行為が疑われます。

 本協議会が不正を疑う根拠に関連して、養老川セクション-養老-田淵セクション間におけるByk-A火山灰の分布について、申請グループのホームページ「チバニアンの解説(外部リンク)・(2024.1月追記:元のページが閲覧できないため、保存版)」では、「図3」として以下の様に説明されております。

 申請グループは、「Byk-A火山灰層は養老-田淵セクションにのみ露出する(養老川セクションでは露出しない)」とホームページで説明する一方、Simon et al.(2019)では露出していないはずの養老川セクションにおいて、Byk-A火山灰層から試料採取したと記載しており、明らかな矛盾を抱えております。これが、不正行為を疑う理由の一つでもあります。
 加えて、本協議会はこれらの事実を責任著者(Corresponding author)であるQuentin Simon氏と当時の所属機関であるフランスのCerege研究所にも伝えておりますが、返信はありませんでした。責任著者が論文に対する責務を放棄し、質問に応じない事実も不正を疑う理由の一つです。

 データ表につきましても、本来ならばOkada et al.(2017)の様に、論文が掲載された学術誌のホームページ上に公開するべきものであり、仮にデータに間違いがあるのならば、訂正(Corrigendum)として学術誌編集者のチェックを経て別途掲載されるべきものです。正しい手順を経ていない公開の仕方と修正の履歴を残さない事も、論文の作法としては問題があり、改ざん行為を疑う理由の一つになります。

 さらに、GSSP決定後に公開されたHaneda et al.(2020a)Fig.3ではSimon et al.(2019)の試料採取場所が引用されておりますが、不正を疑う試料採取場所は断り書き無くOkada et al.(2017)本来の試料採取場所に戻されております。

 この様に、GSSP決定後の論文では本来の採取場所に戻ることからも、GSSP審査に影響を及ぼした改ざん行為である可能性が疑われます。

4-3.GSSP提案・審査への影響

 これまでに述べたSimon et al.(2019)における改ざん行為が疑われる試料採取箇所は、GSSP1次審査で議論の対象となった『古地磁気の逆転境界付近における試料(データ)の連続性』を示すために申請グループが2018年5月末に行った、民有地の無断試料採取行為が関係すると考えられます。

 2019年7月27日に掲載されたインターネットニュースサイト「ビジネスジャーナル(外部リンク)」の記事では、無断試料採取が行われた経緯について、申請グループリーダーの岡田誠教授と本協議会会長であった楡井久(茨城大学名誉教授)のコメントがそれぞれ掲載されておりますので、引用しつつ、GSSP審査に及ぼしたであろう影響を説明いたします。

 この記事では他のメディアとは異なり、唯一、申請グループによる無断採取行為、およびこれらを契機とする楡井の借地権設定の経緯について報じておりますが、無断採取に至った経緯について岡田教授は以下の様に説明されております。

 岡田教授は「1次審査時に『不連続があるのではないか?』という質問があったため、2次審査では質問に答える必要があった」と説明されています。
 これは、Byk-A火山灰層とByk-E火山灰層の間(Byk-E火山灰の上1.10m)に古地磁気の逆転境界があり、Okada et al.(2017)の試料採取を見ると、下半分は養老川セクションで採取し、ちょうど逆転境界付近で試料採取が途切れ、残りの上半分は養老-田淵セクションで採取したため、連続性が保証できていない事が指摘されたものです。
(※「連続性」「不連続」の意味につきましては、こちらの解説をご覧ください)。

 1次審査委員の指摘を受け、申請グループは2次審査が始まる前の2018年5月末に養老-田淵セクションでByk-A~Byk-Eの範囲を地権者に断りなく連続採取し、2次審査を通過させましたが、後に本協議会が無断採取行為(科学倫理問題)を審査委員会に指摘したため、次の3次審査ではデータが再び使用できなくなったものと考えられます。
 そこで、Simon et al.(2019)Fig.2が示す様に、養老-田淵セクションで採取した一部範囲を養老川セクションで採取した様に改ざんすることで3次審査に臨み、「不連続」の問題を解消しようとしたのではないか、と疑われます。

 また、4-2.では、「GSSP決定後のHaneda et al.(2020a)では、断り書き無く本来の試料採取場所に戻された」と述べましたが、3次審査の際に申請グループは提案申請書を2回提出している事が関連しているのではないか、と考えられます。

 「チバニアンの解説」(※現在当該ページは記載が削除されているので、WEBアーカイブ版(外部リンク))によれば、経緯は以下の通りであると書かれております。
① 2019年8月19日に提案申請書を提出
② 9月17日に審査委員会から「提案申請書が長く,全員が理解し検討するのに時間がかかるので,コンパクトにしてほしい」との意見
③ 9月27日に再度提案申請書を提出

 国立極地研究所の公開情報(外部リンク)によれば、2019年6月19日に申請グループが再度、養老-田淵セクションで古地磁気試料の採取を行ったことが報じられております。掘削中の写真は、養老-田淵セクションにおいて無断試料採取時と同じByk-A~Byk-Eの範囲をカバーしております。この写真の右手後方には、2次審査を通過するために行われた無断試料採取の掘削孔があります(写真)。
 2019年6月19日に採取した古地磁気試料のデータは、後にHaneda et al.(2020a)で公開されますが、この試料採取範囲で「不連続」の問題が解消できるため、上記「③ 9月27日に再提出された3次審査提案書」において、Simon et al.(2019)の改ざんが疑われる試料採取場所と差し替えられた可能性も考えられます。

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